小さな黒い魚の物語は、「みんなで力を合わせよう」という教訓ではない。そこにはもっと深い、もっと静かなものがある。


はじめに ── 教科書の記憶と、絵本の記憶は違う

『スイミー』を知らない大人はほとんどいない。

1977年から小学校2年生の国語教科書に掲載され、半世紀近くにわたって日本の子どもたちの「最初の読書体験」のひとつであり続けてきた作品だ。多くの人が教室で音読した記憶を持っているだろう。

だが、教科書で読んだ『スイミー』と、絵本として手に取る『スイミー』は、まったく別の体験だと私は思っている。

教科書版は縦書き・右開きだ。原作は横書き・左開き。スイミーたちが泳ぎ進む方向が、ページをめくる方向と一致するように描かれた原作の絵は、教科書ではその関係が崩れる。当初はレオニ自身が反転を許諾しなかったため、別の画家による描き下ろしの挿絵が使われていた時期もある。2014年度版からようやく原作の絵がそのまま使われるようになったが、それでも縦書きの制約は残る。

つまり、教科書で「読んだ」ことがある人は多いが、絵本として「見た」ことがある人は、意外と少ないかもしれない。

そしてこの違いは、想像以上に大きい。

レオ・レオニという人 ── 絵本作家になったのは49歳だった

レオ・レオニを「絵本作家」とだけ紹介するのは、少し正確さに欠ける。

1910年、オランダ・アムステルダムのユダヤ人家庭に生まれた彼は、叔父たちのコレクションを通じてピカソやシャガール、パウル・クレーの作品に囲まれて育った。大学では経済学を学び、イタリアでグラフィックデザイナーとして活動を始める。しかし1939年、ファシスト政権による人種法の公布を受け、29歳でアメリカへ亡命。妻と息子たちとの再会には約1年を要した。

アメリカではグラフィックデザイナー、アートディレクターとして目覚ましい成功を収める。『フォーチュン』誌のアートディレクター、ニューヨーク近代美術館との仕事。華やかな経歴だ。

だが彼は、その成功の絶頂にあったアメリカを離れ、イタリアへ戻る決断をする。絵本作家としてのデビューは49歳。孫のために即興でつくった『あおくんときいろちゃん』が最初の作品だった。

『スイミー』が出版されたのは1963年。レオニ53歳。オランダ、ベルギー、イタリア、アメリカと渡り歩き、戦争で仲間を失い、亡命を経験し、成功を手にし、そして手放した男が描いた物語だ。

この背景を知ると、「みんなで力を合わせれば大きな魚に勝てる」という教訓的な読みがいかに表層的かがわかる。

「ぼくが、めになろう」── その一行の重さ

この絵本の核心は、スイミーが「目」になる場面にある。

赤い魚たちが集まって大きな魚の形をつくるとき、唯一黒いスイミーが「ぼくが、めになろう」と言う。このことを「個性を活かした」「リーダーシップを発揮した」と解釈するのは簡単だ。だが、レオニの思想はもう少し深いところにある。

「目」とは、全体のなかの役割であり、階級ではない。他の部位より「偉い」わけではない。しかし「目」がなければ、全体は方向を見失う。スイミーは他の魚と違う色だったからこそ、その役割を担えた。「違い」が排除の理由ではなく、全体を生かす機能になる。

ファシズムの時代を生きたレオニにとって、個と集団の関係は抽象的なテーマではなかった。「違う」ということが命の危険に直結した時代を生き延びた人間が、「違い」を肯定する物語を書いた。しかもそれを、幼い子どもにも伝わる形で。

これは「絵本の力」というものの、ひとつの到達点だと思う。

谷川俊太郎の翻訳 ── 引き算の技術

2024年11月に逝去された谷川俊太郎さんの翻訳についても、触れておきたい。

原文の冒頭はこうだ。

“A happy school of little fish lived in a corner of the sea somewhere. They were all red. Only one of them was as black as a mussel shell.”

谷川訳では「1ぴきだけは、からすがいよりもまっくろ」となる。”mussel shell”をそのまま「ムール貝」とせず、「からすがい(カラス貝)」と訳した。日本の子どもにとって、ムール貝では黒さのイメージが湧きにくい。しかし「カラス貝」なら、「カラス=黒い」という連想が自然に働く。子どもの語彙の世界に合わせた、繊細な選択だ。

谷川さんの翻訳は全体を通じて「引き算」の美学に貫かれている。原文の持つ詩的なリズムを壊さず、しかし日本語として自然に響く最小限の言葉を選んでいる。「きょうはぼくが めになろう」。この短さ、このリズム。声に出したときの気持ちよさ。それは翻訳であると同時に、ひとつの詩でもある。

私がイギリスに暮らしていた頃、ロンドン近郊のブックショップで原書の『Swimmy』を手に取ったことがある。英語で読むと、谷川訳がいかに「日本語の絵本」として完成されているかがよくわかった。直訳ではない。意訳でもない。子どもの耳に届く言葉を知っている人間にしかできない仕事だった。

絵の話 ── スタンプとモノタイプが語るもの

『スイミー』の絵についても少し語らせてほしい。

レオニは作品ごとに異なる技法を使い分けた作家だ。『スイミー』では主にスタンプとモノタイプという版画的手法が用いられている。

赤い小魚たちは、彫刻刀で削り出した凸面にインクを付けて押すスタンプの技法で描かれている。同じ形を繰り返し再現できるこの方法で「群れ」を表現し、一匹だけ黒く塗りつぶされたスイミーの異質さを際立たせた。技法そのものが物語のテーマと結びついている。

海中のクラゲやイソギンチャクは、モノタイプ(版に直接描いて転写する技法)で描かれている。レースペーパーを版として使うなど、素材の質感を活かした透明感のある表現が、海の底の光と水の揺らぎを見事に伝えている。

この絵は、印刷で見るのと原画で見るのとではまた印象が異なるという。現存する原画はスロバキア国立美術館に所蔵されているわずか5枚のみ。絵本に使われた原画の大半は所在不明だ。

子どもに読むとき ── 大人が気をつけたいこと

小学校で教壇に立っていた頃、図書委員会の顧問もしていた。子どもたちと一緒に『スイミー』を読む機会は何度もあった。

そのとき気をつけていたのは、教訓を押しつけないことだ。

「スイミーはどんな気持ちだったかな」「みんなで協力するって大事だね」。そういう問いかけは悪くないが、それだけで終わらせてしまうと、この絵本の持つ余白が死んでしまう。

子どもは大人が思う以上に、絵を見ている。海の色の変化を、クラゲの透明感を、スイミーが一匹で泳ぐページの「寂しさ」を、言葉にならないまま感じ取っている。

だから私は、読み聞かせのあとにすぐ「どう思った?」と聞くよりも、少し静かな時間を置くことを勧める。ページを閉じたあとの沈黙も、読書体験の一部だ。

スウェーデンで学んだとき、現地の教育者が言っていた言葉を思い出す。「子どもに考えさせるためには、まず大人が黙ることだ」。『スイミー』のような絵本は、まさにその実践の場になる。

この絵本を「贈る」ということ

『スイミー』は、贈り物に向いている絵本だ。

入学祝い、誕生日、あるいは何かに挑戦しようとしている子どもへ。もちろん定番の選択肢ではあるが、「なぜこの一冊を選んだか」を贈る側が語れるかどうかで、その本の意味は変わる。

「がんばれ」という意味で贈るのもいい。だが私なら、少し違う言葉を添える。

「きみが他の誰かと違っていること。それは、きっと誰かの役に立つ。」

レオニが生涯をかけて伝えようとしたのは、おそらくそういうことだ。

絵本は消耗品ではない。子どもが大人になったとき、本棚の奥からこの一冊を取り出して、かつて誰かがこの本を自分に贈ってくれたことを思い出す。その瞬間のために、大人は本を選ぶ。

『スイミー』は、そういう一冊になれる本だ。

作品情報

『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』 作:レオ・レオニ 訳:谷川俊太郎 好学社 1969年刊 対象年齢:4歳〜大人まで

主な受賞歴:コルデコット賞次点(1964年)、ブラチスラバ世界絵本原画展 金のりんご賞(1967年)、サンケイ児童出版文化賞


文:m.yoshioka ── 絵本キュレーター。「えほんぎふと」にて、”贈るための一冊”をテーマに絵本を紹介しています。