読むたびに違う気持ちになる。子どもには冒険として、大人には人生の寓話として。1977年の刊行から愛され続ける佐野洋子の代表作を、絵本キュレーターの視点から紹介します。


『100万回生きたねこ』とは? ── 作品の基本情報

まず、この絵本の基本的な情報を整理しておきたい。

項目内容
タイトル『100万回生きたねこ』
作・絵佐野洋子
出版社講談社(講談社の創作絵本)
刊行年1977年10月
ページ数32ページ
対象年齢4歳ごろ〜大人まで
累計発行部数200万部以上(2013年時点)
価格1,650円(税込)
ISBN978-4-06-127274-3

1977年の刊行から半世紀近く。いまなお毎年コンスタントに売れ続けているロングセラーだ。「絵本の名作」と聞いて、この一冊を思い浮かべる人は多いだろう。

あらすじ ── 100万回死んで、100万回生きたねこの話

ここからは物語の内容に触れる。未読の方はご承知おきを。


100万年も死なないねこがいた。立派なとらねこだった。

あるときは王様のねこだった。王様は戦争が好きで、ねこを戦場に連れて行った。ねこは矢に当たって死んだ。王様は泣いて、戦争をやめた。

あるときは船乗りのねこだった。世界中の海を旅した。ねこは船から落ちて死んだ。船乗りは大声で泣いた。

あるときはサーカスの手品つかいのねこ、どろぼうのねこ、ひとりぼっちのおばあさんのねこ、小さな女の子のねこ。どの飼い主もねこが大好きで、ねこが死ぬたびに泣いた。

でも、ねこは一回も泣かなかった。

ねこは自分のことだけが好きだった。どの飼い主のことも嫌いだった。死ぬことなんて平気だった。

あるとき、ねこは誰のねこでもない、野良ねこになった。ねこは初めて自分自身のねこになれた。メスねこたちがちやほやしたが、ねこは見向きもしなかった。

ただ一匹、自分に見向きもしない白いねこだけが気になった。

「おれは100万回も死んだんだぜ」と自慢しても、白いねこは「そう」とだけ言った。

ねこは白いねこのそばにいたいと思うようになった。白いねこもそれを受け入れた。子ねこが生まれ、ねこは子ねこたちを自分と同じくらい好きになった。子ねこたちが大きくなって去っていっても、ねこは白いねこのそばにいられることが嬉しかった。

ねこは、もう100万回生きたなんて言わなくなっていた。

やがて白いねこは年をとり、静かに動かなくなった。ねこは初めて泣いた。朝も泣き、夜も泣き、100万回泣いた。

そして、ある日、ねこも白いねこのそばで静かに動かなくなった。

ねこは、もう決して生き返らなかった。


この絵本が「名作」と呼ばれる理由

1. 読む年齢で意味が変わる

これがこの絵本の最大の特徴だ。

子どもにとっては「ねこが何回も死んで何回も生き返る、ちょっと不思議でちょっと怖い話」。後半の白いねことの出会いは、まだぼんやりとしかわからないかもしれない。でも、それでいい。

10代で読み返すと、「自由」や「自分らしさ」の話に見えてくる。誰かの所有物ではなく、自分自身として生きること。

大人になって読むと、もう少し深いところに触れる。「本当に大切な誰かに出会うまで、人は何回でも生き直す」。あるいは「愛を知ることは、喪失を知ることでもある」。

週刊朝日の書評にこんな一文がある。「これはひょっとすると大人のための絵本かもしれないが、真に大人のための絵本ならば、子供もまた楽しむことができよう」。正確な言い方だと思う。

2. 佐野洋子という作家の力

佐野洋子は1938年、北京生まれ。幼少期に兄を亡くし、戦後の引き揚げを経験している。武蔵野美術大学でデザインを学んだ後、ベルリン造形大学でリトグラフ(石版画)を習得。絵本作家としてだけでなく、エッセイストとしても高い評価を受けた人だ。

『100万回生きたねこ』が出版されたのは1977年、佐野が39歳のとき。

彼女のエッセイを読むと、佐野洋子がいかに鋭い目で世の中を見ていたかがわかる。甘い言葉を嫌い、きれいごとを嫌い、でも人間への深い関心と愛情を持っていた。

その性格は、この絵本にもそのまま表れている。ねこは「感動的な良い話」の主人公ではない。自分勝手で、うぬぼれが強くて、誰のことも好きじゃない。でもそのねこが最後に泣く。その落差が、この物語の核心にある。

佐野洋子の文章は飾り気がない。必要な言葉だけが並んでいる。絵も同じだ。力強く、シンプルで、どこか突き放したような温かさがある。

3. 「死」を描いているのに、読後感が明るい

これは不思議なことだ。

ねこは100万回死に、最後にもう二度と生き返らない。普通に考えれば悲しい結末のはずだ。

にもかかわらず、多くの読者がこの結末に「よかった」と感じる。歌人の枡野浩一さんも「主人公が死んでしまうのに『あー、よかった』と心から思える不思議」と評している。

なぜか。

おそらくそれは、ねこがようやく「本当に生きた」からだ。100万回の人生は、実は一度も生きていなかった。誰かを愛し、失い、泣く。そのたった一回の人生だけが、本当の「生」だった。

生き返らないことが、悲劇ではなく救済になっている。この構造が、この絵本を単なる「泣ける話」とは決定的に違うものにしている。

対象年齢と読み聞かせのポイント

何歳から読める?

出版社の推奨は「読んであげるなら4歳から、自分で読むなら小学校低学年から」となっている。

ただし、正直に言うと、この絵本の本当の深さが伝わるのは、もう少し先だ。

4歳の子どもに読み聞かせると、前半のねこが次々に死ぬ場面で表情が曇ることがある。後半の白いねことの関係は、幼児には理解しにくい部分もある。

それでも読む価値はある。物語の「手触り」は残るからだ。いま完全にわからなくても、大人になって読み返したとき、「ああ、あの絵本だ」と記憶がつながる。

だから私は、この絵本は「子どもに読み聞かせて、大人になってもう一度自分で読む」絵本だと考えている。

読み聞かせのときに気をつけたいこと

  • 教訓を言わない。 「ねこは最後にやさしくなったね」などと解説する必要はない。物語の余韻を大切にしてほしい
  • 前半はテンポよく。 王様のねこ、船乗りのねこ、と繰り返しのリズムがある。子どもはこのパターンの繰り返しを楽しむ
  • 後半はゆっくり。 白いねこが登場してからは、物語の空気が変わる。少しだけ声のトーンを落とすと、その変化が自然に伝わる
  • 最後のページの沈黙を大切に。 「ねこは もう けっして 生きかえりませんでした」のあとに、すぐ本を閉じなくていい

『100万回生きたねこ』を贈るということ

誰に贈る? ── ギフトシーン別ガイド

この絵本は、子ども向けの贈り物としてだけでなく、大人に贈っても成立する稀有な一冊だ。

子どもへ贈る場合

  • 5歳〜小学校低学年の誕生日プレゼントに
  • 入学祝いの一冊に添えて
  • 「ねこが好きな子」への贈り物としても(絵がとにかく魅力的なので、物語がまだ難しくても絵だけで楽しめる)

大人へ贈る場合

  • 結婚祝い(「本当に大切な人に出会う物語」として)
  • 出産を控えた友人へ(「命」をめぐる物語として)
  • 大切な人を亡くした方へ(時期は慎重に選びたいが、押しつけにならなければ)
  • 人生の節目を迎える人へ(転職、退職、新しい挑戦のとき)

私はこの絵本を、甥や姪への贈り物として選んだことがある。まだ小さかった彼らがどう受け取ったかはわからない。でも、いつか大人になって本棚の奥からこの一冊を見つけたとき、何かが伝わればいいと思っている。

贈るときに添えたい言葉

絵本を贈るとき、「なぜこの一冊を選んだか」を短く伝えると、本の意味が変わる。

長い手紙は要らない。一言でいい。

  • 「読むたびに違う気持ちになる本です」
  • 「大人になったら、もう一度読んでみてください」
  • 「私の大切な一冊を、あなたにも」

よくある質問(FAQ)

Q. 子どもが「ねこが死ぬのが怖い」と言ったら?

無理に読み続けなくていい。「また読みたくなったら読もうね」で十分だ。この絵本は逃げない。本棚にあれば、子どもは自分のタイミングで手に取る。

Q. 何歳くらいで「本当の意味」がわかる?

正解はない。10歳で深く感じ取る子もいれば、30歳で初めて泣く大人もいる。読み手の経験や心の状態で、毎回違う読後感になる。それがこの絵本の力だ。

Q. 出産祝いに贈るのは変?

変ではない。ただし、この絵本は「死」を繰り返し描く。気にする方もいるかもしれないので、相手との関係性と、贈るときの一言は大切にしたい。「子どもが大きくなったら一緒に読んでほしい一冊です」と伝えれば、重くなりすぎない。

Q. 英語版はある?

ある。『The Cat That Lived a Million Times』として英訳版が出版されている。海外の友人への贈り物にも使える。

Q. 佐野洋子の他の作品でおすすめは?

いくつか挙げたい。

  • 『おじさんのかさ』(講談社)── 大切にしすぎて使えない傘の話。ユーモラスで、大人にも刺さる
  • 『わたしのぼうし』(ポプラ社)── 第8回講談社出版文化賞絵本賞受賞。佐野洋子の絵の魅力が存分に味わえる
  • 『ねえ とうさん』(小学館)── 日本絵本賞受賞。父と息子の関係を静かに描いた作品

エッセイなら『神も仏もありませぬ』(筑摩書房、小林秀雄賞受賞)。余命を宣告されながら、飄々と日常を綴る筆致は、『100万回生きたねこ』の作者がどういう人だったかを教えてくれる。

佐野洋子が描いた「ふつう」の力

最後に、少しだけ私自身のことを書く。

イギリスに暮らしていた頃、現地の書店で日本の絵本を探すことがあった。『100万回生きたねこ』は見つからなかったが、帰国後に改めて手に取ったとき、不思議な感覚があった。

海外で触れた児童文学 ── ピーターラビット、ナルニア、リンドグレーン。どれも素晴らしい。でも佐野洋子の文章には、それらとは違う種類の強さがある。装飾がない。説教がない。ただ「こういうことがあった」と書いてある。

佐野洋子は「ふつうがえらい」というエッセイ集を出している。この言葉が、彼女の創作姿勢をよく表していると思う。特別な言葉を使わず、特別なことを描かず、でも読み終えたあとに心の底に何かが残る。

『100万回生きたねこ』は、派手な絵本ではない。泣かせにくる絵本でもない。ただ静かに、「本当に生きるとはどういうことか」を問いかけてくる。

答えは読む人の中にある。だからこの絵本は、何歳で読んでもいいし、何回読んでもいい。

作品情報

『100万回生きたねこ』 作・絵:佐野洋子 講談社(講談社の創作絵本) 1977年刊 32ページ 対象年齢:4歳〜大人まで 定価:1,650円(税込)


文:m.yoshioka ── 絵本キュレーター。「えほんぎふと」にて、”贈るための一冊”をテーマに絵本を紹介しています。